私が開院した理由

いつも身近にカイロの存在

私の父は、カイロプラクターです。

小学校3年生まで松浪に住んでいて、父の開業する治療院は自宅の
すぐ近くにありました。幼い頃から施術をする姿を目にし、
私も何かあったときは、すぐに施術をしてもらっていました。

その後自宅に開院した事もあり、家から出ていく患者さんたちの顔も
よく見るようになりました。その結果、当時持っていた父の仕事の印象は

「皆が元気になる仕事をしている。」

というものでした。ですがその認識もかなり漠然としたもので、
実際は何をしているのか、何をされているかも全く分かりませんでした。

何かあったら、まずカイロ

私の家は少し特殊で(特殊というか、うちではそれが当り前だったのですが)
あまり病院のお世話にはなりませんでした。
なぜなら、何かあった時にまずカイロの施術をうけるからです。

風邪をひいたときは、父の施術をうけてすぐに寝ます。
自転車の車輪に足を突っ込んだ時の切り傷も父に診察してもらい
スポーツの怪我などでも、すぐ施術してもらっていました。

おかげで小学生の頃は何度も皆勤賞をもらい、
骨が見えるほどの傷でも、足首に傷跡が少し残るくらいで、
大きな怪我をした事もありましたが、後遺症などなく、
今でも元気にバスケやマラソンをしています。

まだ何もわからない状態の私でも、
これはすごい事なんじゃないか。自分もやってみたい。
という、気持ちが少しずつ芽生えてきていました。

未来予想図

漠然としてですが、父の仕事に興味を持ち始めた小学生の頃。
卒業アルバムでのアンケート「将来の夢」の欄には

父の仕事

とだけ書きました。
当時した、アルバム係の友人との会話は今でもよく覚えています。

「将来の夢の、父の仕事ってなに?」
「カイロプラクターだよ。」
「だから、それなに?ホッカイロ?」
「いや、なんか。治療する人。父の仕事って書いといてよ。」

やはり何かは説明できませんでしたが、卒業文集には
こう書かれていました。

中学に入ったら部活と勉強を頑張って、
高校は兄と同じ高校に入りたい。
卒業したら専門学校に入って父の後を継ぎたい。

はっきりと何かわからなかった父の仕事でしたが、
夢としての自覚が、はっきりとあったのをよく覚えています。

初めての膝痛

小学生の時は少年野球のチームに入っていましたが
中学生になり、次男と同じバスケ部に入部しました。
このバスケ部での経験がその後の人生に大きく関わってきました。

私は運動がとても苦手で、不安な気持ちがかなりありました。
案の定、仮入部の時点ですでにやめたいと思っていました。
ですが、次男に説得してもらう事で、入部を決意しました。

きつい練習の日々をなんとか過ごしているうちに、膝に違和感を
感じる日が増えてきました。今までも突き指や打撲、軽い捻挫などの
経験はあったのですが、膝の痛みは初めてでした。

すぐに父に診てもらったところ、「オスグット・シュラッター病」
で膝に炎症があるといわれました。そして練習を休みなさいと言われました。

父の施術をうけ、数日休むとすぐに練習に参加できました。
ですが、練習を続けているうちにまた膝に痛みが出てきました。
父に診てもらうと、同じ症状があると言われまた練習を休む
ようにと言われました。

しかし、これ以上休むと練習についていけなくなるという思いから
足の痛みを隠し、我慢しながら練習を続ける事にしました。

この決断があったからこそ現在の自分があると思っています。
そしてこの後、カイロへの思いをより強くする出来事が起きました。

転機となる怪我

痛みに耐えながら練習を続けて数か月後、夏の練習でそれは起きました。
その日も朝から膝が痛みがありましたが、いつもとは違う違和感がありました。
練習中その違和感はどんどん強くなっていき、ついにその時が訪れました。

走っている途中、急に膝に力が入らなくなりその瞬間がくんと身体が傾きました。
そしてそのままコートに倒れこみ、起き上がれなくなりました。
その場から全く動けず、足には感覚がなく力も入りません。
どうにもできなくなりコートの外に運んでもらい、家に電話をしてもらいました。

徐々に出で来る痛み、止まらない汗、そして怪我の恐怖がおそいかかってきました。
車で父が迎えにきてくれるまでの間の時間は、とても長く感じました。

車に乗り状況を説明し、すぐに診てもらったところ「重度な膝の捻挫」
と言われました。その時は手首・足首以外の捻挫の存在を知らず、
まぁ捻挫なら大丈夫か、くらいの気持ちしかありませんでした。
しかし、これからが大変という事はその時わかっていませんでした。

我慢する意味

怪我をしてすぐに施術をうけたのにかかわらず、膝の腫れはかなりの物で
膝の状態は、曲げられない・力が入らない・体重をかけられないなど
日常生活も困難な程でした。

もちろん練習などできるわけもなく、放課後はすぐに帰り時間がある時は
施術を受け、電気をかけたりアイシングしたりと自分で出来る事を毎日していました。

それでもなかなか回復はせず、身体の状態を詳しく聞いてみる事にしました。
今までただ受けるだけだった自分には、初めての経験でした。
その時痛みを我慢していた事実を正直に話し、自分の身体の状態を知りました。

そして我慢をする事の意味について真剣に向き合うきっかけになりました。

痛みを我慢して大きな怪我をした事で長期的に休むという我慢。
痛みを正直に話してその時だけ練習を我慢していれば大きな怪我はしなかった。

我慢の仕方を間違えた事が、現在の状況を作ったという事に気付きました。
そしてこの怪我が、周りの人の痛みや我慢に興味を持つきっかけでした。

身近な人の痛みと我慢

順調に怪我も回復し練習に無事復帰してから、変わった
考えがありました。それは、

周りの人の痛みに目を向ける

という事でした。
自分のように痛みを我慢して無理をしている人がいるのではないか。
その人に教えたい、我慢は良くないよと。

捻挫をしたり突き指をしてほっておいている友人に
うちにきなよ!我慢しててもいい事ないよ!
と、片っ端から声を掛けていました。

そして身近な人が元気にまた動いているのをみて、

今は父がしている事だけど、いつか私が受け継いで
みんなを元気にしてあげよう。

そう決心しました。

偉大な先輩たち

高校に入学してからも夢は変わらず、そのままバスケ部に入部もしました。
大きな怪我は一度もなく、その頃は父にテーピングの巻き方や知識などを
教えてもらい、足をつった友人のストレッチなどをしていました。

そして進路を決める時、一つの悩みが出てきました。
それは、「柔道整復師」「按摩・マッサージ・指圧師」「鍼灸師」
どの資格を取得するかという悩みでした。

施術自体はカイロプラクティックで行いますが、基礎知識を学ぶ為
また開業する為には国家資格が必要で、学校によって取得できる資格は
違います。

私は「柔道整復師」の資格を取るつもりでした。理由は、

・怪我の治療が出来るから
・長男は「鍼灸師」次男が「按摩・マッサージ・指圧師」

この二つの理由からでした。
そして何気なく進路をそれぞれ兄たちに相談したところ、
とても真剣に答えを返してくれました。

長男は
「これからカイロプラクティックを覚えるなら、少しでも多く
人の身体に触っておいて感覚を養った方がいい。その方が将来の為になる。」

次男は
「自分が通っている学校はみんな勉強熱心でとても楽しい。
色んな人の話が聞けて色んな先生から学ぶ事も多い。うちをうけてみな。」

この兄たちの助言があり、私は日本指圧専門学校に通う事に決めました。
そしてそこで多くの事を学び、多くの人の身体に触る事で感覚の下づくり
をしました。

二人の助言があったからこそ、今の自分があり患者さんの笑顔があると思います。
この時の感謝の気持ちは今でも忘れていません。

家族に支えられ、ついに

無事に専門学校に進み、三年間の授業を終えとうとう国家試験。
ここに至るまでにも色々な人に手助けをして頂きました。

実技試験の練習にはいつも母が練習台になってくれました。
母は何十年も父の施術をうけ、兄たちの施術も受けていました。
母の助言はいつも的確で、いわば受けのスペシャリストです。

試験本番の前も皆がアドバイスをしてくれたおかげで、大きな緊張も
なく試験に臨むことが出来ました。
結果は合格。学校内の最高得点がとれました。

多くの人、そして何より家族の支えで私の夢が叶いました。
そしてここからが夢のスタートでした。
緑が浜治療室は1987年に開院して以来、父が院長でしたが2009年に院長から
会長になり私が院長に就任しました。

そしてここ、平塚の地へ……


2017年7月に、12年務めた治療院から独立し、平塚駅に開業することができました。
湘南ベルマーレサポーターや平塚一般リーグのバスケットボールチームに所属、
常に縁のあった平塚の地で、何かお手伝いができないかと考え、平塚駅の商店街に
院を構えられたことは、本当に嬉しいことです。

そして今日まで、子どもの頃から変わらない気持ちで患者さんと向き合っています。
様々な症状や悩みを抱えている方がたくさん来院されます。その中でも、

「痛み」
「我慢」

この二つでお悩みの方に、私は出来る限りの施術をさせていただいています。
そして同じような悩みに持たずに人生を送れるよう、全力でサポートをしたいと
思っています。

その為に私は治療師になりました。

私の体験ではありますが、読んでいただき有難うございました。
そして家族、支えてくれた方達にも深く感謝を致します。

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